石塚左玄の食養学
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石塚左玄とは
石塚 左玄は、日本の軍医・医師・薬剤師。玄米・食養の元祖で、食養会をつくり普及活動を行った。
福井県出身。陸軍で薬剤監となった後、食事の指導によって病気を治した。栄養学がまだ学問として確立されていない時代に食物と心身の関係を理論にし、医食同源としての食養を提唱する。「体育智育才育は即ち食育なり」と食育を提唱した。「食育食養」を国民に普及することに努めた。
栄養学の創設者である佐伯矩が現・国立健康・栄養研究所をつくるための寄付を募っていたとき、左玄の功績を耳にした明治天皇がそういう研究所があってもいいのではと述べ、その言葉で寄付が集まったという。しかし、研究所は明治天皇が好きではなかった洋食を奨励し食養とも結びつかなかった。天皇家の献立は食養学に基づいている。
食養学
- 食本主義 「食は本なり、体は末なり、心はまたその末なり」と、心身の病気の原因は食にあるとした。人の心を清浄にするには血液を清浄に、血液を清浄にするには食物を清浄にすることである。
- 人類穀食動物論 食養理論の大著である『化学的食養長寿論』は「人類は穀食(粒食)動物なり」とはじまる。臼歯を噛み合わせると、粒が入るような自然の形状でへこんでいるため、粒食動物とも言った。または穀食主義。人間の歯は、穀物を噛む臼歯20本、菜類を噛みきる門歯8本、肉を噛む犬歯4本なので、人類は穀食動物である。穀食動物であるという天性をつくす。
- 身土不二 「郷に入れば郷に従え」、その土地の環境にあった食事をとる。居住地の自然環境に適合している主産物を主食に、副産物を副食にすることで心身もまた環境に調和する。
- 陰陽調和 当時の西洋栄養学では軽視されていたミネラルのナトリウム(塩分)とカリウムに注目した。陽性のナトリウム、陰性のカリウムのバランスが崩れすぎれば病気になるとした。ナトリウムの多いものは塩のほかには肉・卵・魚と動物性食品、カリウムの多いものは野菜・果物と植物性食品となる。しかし、塩漬けした漬け物や海藻は、塩気が多いためにナトリウムが多いものに近い。精白した米というカリウムの少ない主食と、ナトリウムの多い副食によって陰陽のバランスくずれ、病気になる。
- 一物全体 一つの食品を丸ごと食べることで陰陽のバランスが保たれる。「白い米は粕である」と玄米を主食としてすすめた。
食育
智と才は食養に関係する。 智と才は表裏の関係だが、「智は本にして才は末なり」と智を軽視しないようにして、カリウムが多くナトリウムが少ない食事によって智と才の中庸を得て、穀食動物の資質を発揮するとした。
軟化と発展力のあるカリウム、硬化・収縮力のあるナトリウムのバランスに注目する。またカリウムは静性に属し、ナトリウム動性に属する。幼い頃はカリウムの多い食事をとることで、智と体を養成する。思慮や忍耐力や根気を養う。また道徳心や思慮を必要とする場合もカリウムの多い食事にする。社会人に近づくにつれ、ナトリウムの多い食事にしていくことで、才と力を養成する。ただし、ナトリウムが多すぎれば、命ばかりか身も智恵も短くなってしまう。バランスが崩れすぎれば病気にもなるので中庸を保つように食養する。
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